WINDSURFING RENAISSANCE①
マリン企画 月刊Hiwind 2005年6月掲載
わたくし、ヒラノは大学講師。専門は、ウインドサーフィンである。鹿屋体育大学でウインドに出会い、以後、コースレースからウェイブまで没頭しつつ、主にフィールドワーク(実態調査など)によってこのスポーツを研究してきた。野茂がノンプロ球団を設立したように、スポーツを広めるのは、そのスポーツマンである。ヒラノも、わが最愛のウインドサーフィンをブレイクさせたい。この連載で、そのための私案を述べてゆきたい。専門である、社会学、統計学、運動生理学、コーチ学などを駆使し、カガク的に。
1983年ごろから1990年代初めにかけて、街中でもウインドの板をルーフに積んだクルマをよく見かけた。週末のビーチはカラフルなセイルで溢れ、あるプロショップは一日数百万を売り上げることがざらで、毎週のようにレースが各地で開催され、ワールドカップは年間20数戦、一時は日本だけでも3戦(御前崎、新島、三浦)が開催され、その模様がテレビ放映された。しかし、バブル崩壊とそれに続く90年代の景気低迷だけが原因だろうか、以降ウインドサーフィンは低迷し、今にも腹を擦りそうな低空飛行を続けている。
なぜだろう。
ウインドサーフィンは、日本人に、一度も受け容れられなかったのではない。少なくとも、かつて程度には、ウインドサーファーを増やすことができるはずだ。私はこの15年間、ある意味それを目標にウインドサーフィンについて調査・研究を続けてきた。それらのデータを基に(今後入手するデータを加え)私なりのウインドサーフィン復興プランを述べてゆきたい。
初回テーマは、「スーパースターを作るには」。スポーツはビッグビジネス、どころか国際政治問題ですらある。スポーツを大きく左右するのは圧倒的な個人、スーパースターである。マリナーズはイチローに年間12億払おうと、その集客力やパブリシティ効果を秤にかければ安いものだろう。卓球はマイナースポ
ーツだが、福原愛の影響で競技人口が増えている。ハンマー投げを始める人が増えているとは聞かないが、室伏広治ひとりの力で、ほとんどの日本人にハンマー
投げというスポーツを認知させてしまった。世界的スーパースターはひとりで確実にそのスポーツを活性化する。ウインドにおいても、ワールドカップや五輪でト
ップに立てるスーパースターを育成することが、スポーツを活性化させる効果的な方法である(MOTOKOプロはすでに2度国際大会で優勝し、テレビなど複数
のメディアに取り上げられている)。ヨットは470クラスで比較的継続的にオリンピックでメダルを獲得しており、水泳や柔道に比べれば扱いは地味だが確実に、セイリング種目の知名度を上げ、ジュニアヨットクラブの育成などの普及の一因をなしている(もっとうまくやれば、より活性化できるのではと思わないではないが)。
「2×7×50×10」
そう聞いてピンとくる人はいるだろうか?オーストラリアが五輪選手強化の指標にしたものであるり、世界の常識となりつつある競技者育成の公式である。つまり「2時間×7日×50週×10年」なるトレーニング時間を表している。累計7000時間に及ぶ。もちろんこれは必要条件で十分条件ではなく、単に10年間鍛えれば世界で通用する選手が育成できるという意味ではない。10ケ年計画で、系統的効率的なトレーニングプログラムを課すことがトップ競技者を育てるという考え方である。換言すれば、10年という歳月をかけて、結果的に頭角を顕した有望選手を強化するという考えではなく、ある目標に向け、素質ある競技者を10年計画で育成するという意味である。
ウインドサーフィンの現状はどうだろう?外人選手は、ウエイブ、フリースタイルはもちろんレースですら20代前半の若手が多数トップレベルで活躍している。我が国の場合はしかし、若手ががんがん台頭してくるという状況ではなく、手許にデータが無いが、競技者の平均年齢は年々良くて横ばい、上がりこそすれ下がってはいないのではないだろうか。大会会場などで、私がこれまでに行ってきたアンケート結果では、ウインドを始めた平均年齢は確実に20歳を超えている。学生の大会ですら18歳を下回ることはまず、ない。「18+10」では、いつまでたっても30代にならないと日本人ウインドサーファーは世界で通用しないということになる。18歳からウインドをはじめ、現在の学連スタイルでみっちり身のある練習を重ねても、世界レベルで戦うには10年かかる。知識や技能は蓄積できても、スタートラインで肉体的なピークは過ぎているというハンデを背負ってしまう。ロビー・ナッシュは7歳でサーフィンとディンギーを、11歳でウインドサーフィンを始め、13歳でサーファーワールド軽量級のチャンピオンになった。リカルドは10歳で、カウリは12歳でウインドを始めている。日本人選手では、浅野則夫、中里尚雄が中学時代にウインドを始めているが、やはり大成している。
かと言って我が国で、小学生にウインドサーフィンを継続的に行わせるのは、現状では現実的ではない。両親の手間、家計にかなりの負担となるし、親がウインドサーファーだとしても、若い父、母は忙しくて時間がない。欧米ではこの点、ウインドがバカンスのファミリースポーツとして定着しているのでそれが可能なのだが。せめて、中学入学以前にセイリングやサーフィンを経験し、そのバックグラウンドを持って、高校入学と同時にウインドサーフィンを開始できないであろうか?
愛好していたスポーツや種目を途中で変更することをトランスファーと言う。ウインドサーファーのトランスファーパターンをに見てみると、現状ではウインドは
かなり多種多様な種目から(ウインドに)トランスファーしてくる。国内ではてんでバラバラでデータ的な傾向は固定できない。あまりデータ数は多くないが、海外のトップレベルの選手の場合、他の種目よりやや可能性があるのがセイリング種目とサーフィンだ。
サーフィンとヨットでは母数が桁違いであることを勘案せねばならないが、ヨットからより、サーフィンからのトランスファーの方が多い。
サーフィンをずっと愛好していた人がふとした興味でウインドをやり、夢中になるケースもある(ジェリー・ロペスもかつてそうだった)。完全にウインドに移行せ
ず並行して行うケースも多々見られる。残念ながら、道具の面倒さやお金、移動などの難しさから趣味として定着しないケースも多いのだが。何れにしろサーフィンを小学生にやらせるためには、両親や父兄の引率が必要で、ヨットの方が得策かも知れない。15歳までは、海と風に親しませると割り切り、小学生時代はジュニアヨットクラブでセイリングの基礎を覚え、機会があれば両親の指導のもとウインドを体験させる。15歳のとき、本人の興味がウインドの方を向いて、トランスファーするかが難しいが、それができれば、十分な経験を伴いつつ、肉体的なピークを迎えられるのではないか。以上のように考えてくると、小中高の学校教育にセイリングが採用されれば、合理的だし、選手育成のためにも甚大な効果があるのではと思える。
次号はそのテーマで。