WINDSURFING RENAISSANCE③

マリン企画 月刊 Hi-wind 2005年9月号掲載 平野貴也 ガンボーではなくカガクによってウインドをブレイクさせよう—

あなたは、風によって風より速く走る、奇跡的な装置に乗って遊んでいる。この事実を改めて確認し、誇りとされたい。

あなたは、風によって風より速く走る、奇跡的な装置に乗って遊んでいる。この事実を改めて確認し、誇りとされたい。

80年代半ば、ブルータス誌がマウイを取材し、「風に乗り、波に乗り、空に跳ぶウインドサーファーは、新しい種類のヒトである」と評したことがあった。
ヨーロッパでは、ウインドサーファーは尊敬される。
ウインドサーファーは、プリミティブだが奇跡的なエネルギー変換装置を操り、自然を利用し、自然を越える存在であると、直感的に理解しているからだ。
前回、前々回と、ウインドサーフィンをブレイクさせようという話しをした。なぜならウインドには、ブレイクさせるべき価値があるからである。
ウインドサーフィンという道具およびその運動は、人類の無数の発明の中でも有数のものである。それをあらためて確認することが、必要だと思う。
ヨーロッパの話しに戻る。
ヨーロッパではウインドサーフィンと同様、風力発電が盛んだ。3枚羽根(ブレード)が主流で、その材質は主に軽量かつ高強度なガラス繊維強化プラスチックである。つまりウインドサーフィンと同じく風力とFRPを利用している。またこのブレード、なかなかレンジが広く、風速2̃3m/sから20~30m/sをカバーし、それ以上の強風になると安全上運転を停止する。(レンジもまるでウインドサーフィンだ)
風力エネルギーは、0.5×(空気密度)×(受風面積)×(風速)3で示されるが、増速機の機械損失等があるため、実際の効率は理論の25~40%である。
ドイツやデンマークのように風況に優れた場所だと、安定した風が期待できるため風力発電は効率が良い。
またヨーロッパの電力需要のピークは冬の夕方、暖房によるもので、同時間帯に風も吹く。
反面日本の電力需要ピークは夏場の昼間で、そのときに風が吹くとは限らないし、山岳が多いので風が乱れがちであり、台風に対する強度上の問題ゆえに大型化しにくい。日本は残念ながら風力発電に適しているとは言えない。我が国の風力発電設備容量は2001年で36万kWだが、2010年度までに300万kWにするとの政府目標があり、この値は、我が国の総発電量の0.5%程度にあたる。

風力発電礼賛のためにこんな話しをしたのではない。
むしろ逆である。われわれウインドサーファーは、ばくぜんとした風が、小さなセイルを介することで圧倒的なエネルギーに換わり、われわれを高速で運ぶことを知っている。この「効率」を応用できれば、風力発電も、原子力並みとはゆかぬまでも、もう少しパワフルにならぬものかと感じるのである。
2005年4月、フェニアン・メナードが、セイルクラフト・スピード世界記録を更新した。
分かりやすいよう、knotsではなくkm/hで言うと、約64̃74km/hの風の中、90.1km/hを記録した。
ビヨン・ダンカベックが高速プレーニング中、チョップで胸を打ち、あばら骨を折ったという逸話があるが、このスピードでは水面はコンクリートである。沈したら無傷では済まない。
かつて、クロスボーなど、非ウインドサーフィン系セイルクラフトも高速を記録した。が、特記すべきは、ウインドはヨットと違い、「生身」で風力を伝導し、ボードに伝えている点にある。
生身の人間が動力を使わず体験できるスピードとしては、「走る」世界記録が約37km/h(100m男子9秒79)、「泳ぐ」それは約21km/h(50m長水路自由形男子21秒64)である。
ウインドサーフィンは、風を使うが「生身」、それで90.1km/hである。
体重100kg超の筋肉塊、フェニアンと、スピードトライアル用カスタムのセイルとボードゆえ、という話しではない。前述の100m走や水泳の記録達成には、超人的な身体能力と技術、トレーニングが必要だが、ウ
インドなら一般的な道具と乗り手でも、10m/s(36km/h)前後の風で40km/h出すのはそう難しくはない。つまりウインドサーフィンは効率が良い、良すぎるのである。なにせエネルギー源である風速を超えてしまうのだから。
さらにウインドは、ウインドサーファーにとっても効率が良い。世界一エネルギー効率の良い乗り物といわれる自転車ですら、40km/hを出すにはその消費エネルギーも半端ではない(METS法で、60kgの人が
10分間で約266kcal)。

対し、快調に高速プレーニングしているウインドサーファーの消費エネルギーは、バレーボールやバトミントンを楽しんでいるレベルの消費量である(無論セイルサイズや海象によって前後するが、60kgの人が10分間で約86kcalバレーボールやバトミントンやテニスを普通に楽しむレベルの運動量(体力とつらさ)で、我々は、モーリス・グリーンや北島康介のレベルを体験しているのである。
さて、ウインドはなぜ、風によって、風より速く走ることができるのか。
風は、方向(風向き)と大きさ(風速)から成り立っているので、物理的にはベクトルで表わすことができる。
イラストは、真の風(自然の風)、進行風、見かけの風の3つの関係を簡略に説明している。真の風は無論セイリングスピードに大きく関与する、というかエネルギー源でこれがなくては始まらない。
プレーニング性能が上がった昨今の道具では、進行風に対するデザインが重要になっている。(鶏と卵のたとえと同じく、進行風に対するデザインが進化したからプレーニングスピードが上がったとも言える)
再度イラストを参照されたい。
進行風速、すなわち艇速が「a」「a+b」「a+b+c」とスピードアップすると、見かけの風のベクトルが、A→B→Cと変化する。つまり、真の風が変化しなくても、進行風が増すことで、セイルに作用する真の(見かけの)
風が増す。艇速が上がるとセイリング方向にかかわらずセイルの引き込み角が増すよね。このイラストはその理由も説明している。お分かりですよね。真実は常にシンプルなもので、これが、ウインドサーフィンが、
風によって風より速く走ることができる理由である。
ただこの法則は無限に適用されるわけではない。セイルは飛行機の翼のように硬く固定したフォイルを有していないこともあって、適風域では有効であった機能が、それを越えると抵抗となり、進行風速(艇速)は頭
打ちになる。セイルやボードの開発とは要するにこの抵抗との戦いなのである。
上記の法則はもちろん、ウインドのみならず、セイルクラフト全般に適用される。
主題はウインドである。億単位の開発費を費やしたスピードトライアル用トリマラン、イエローページエンデバーもウインドより遅い。
なぜウインドサーフィンは速い(高効率である)のか?
小さなセイルとボード、ヒト一人のミニマムなシステムゆえである。様々な抵抗を削減し、風力を限界まで効率良く活用できる究極のエコビークルなのである。
次回はこの低抵抗・高効率について話したい。

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